はまらないもの

とりとめのない文章集

本物は手に入ったのか - 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。⑭』感想

俺ガイル14巻、完結巻の感想記事です。
ネタバレを含みますので、ご注意ください。

過去の記事を見返したら、このブログに俺ガイルの感想を投稿するのは4年ぶりのようです。
12巻、13巻も発売とほぼ同時に読んでいたのですが、物語の区切りが中途半端でしたし、個人的にバタバタしていたこともあって、感想を書かないままでした。完結というタイミングでもありますし、12巻、13巻にも触れながら感想をつづろうと思います。

死ぬほど可愛い

最後は、とにかく雪乃が可愛かったですね。
⑬巻ラストで雪乃の告白を八幡が完全にスルーしたときには、この先どうなるのかなと不安に思いましたが、最後にはちゃんと普通のイチャイチャもあって安心しました。
こんなに可愛い雪乃が見られてもう思い残すことはない……という気持ちもあるのですが、「本物」とか、結衣のこととか、整理しておかないと気が済まない部分もあるので、そういった点を中心に簡単にまとめてみます。

本物の何か

俺ガイル最終章のテーマは、「俺は、本物が欲しい」と「いつか、私を助けてね」という二つのセリフに集約されるでしょう。まずは、八幡が欲しかった「本物」について、見ていきます。

八幡と平塚先生の最後のやり取りを見ると、八幡は、どうやら、自分なりに納得できる「本物」を手にすることができたようです。
作中では、ずっと「分からない」と言われ続けてきた「本物」。結局、本物とは、何だったのでしょうか。

本物の正体らしきものに触れているのは、平塚先生です。

「だから、別れたり、離れたりできなくて、距離が開いても時間が経っても惹かれ合う……。それは、本物と呼べるかもしれない」(俺ガイル⑭p.505)

本物の関係

かつて三人は、奉仕部という三人の居場所を失いたくないと考えるばかり、うわべだけの欺瞞じみた関係を受け入れようとしたことがありました。それは、はじめて巡りあった最高の関係を保ち続けるためには、何も変えてはいけないという思いがあったからでしょう。
人の感情は繊細です。ですから、人と人がふれあって生まれる「関係」というのは、とても繊細で、些細な圧力でがらっと変わってしまうものなのです。

結衣は八幡が好きでしたし、雪乃も(遅くともディズニーに行った頃には)八幡を好きになっていました。八幡も、結衣や雪乃に対し、単なる部活仲間とか、仲のいい女友達にとどまらない感情を抱いていたことは、まちがいありません。
それでも、彼らは、その思いを明らかにしてしまえば、奉仕部に大きな波紋を生み、これまでの関係を崩してしまうと考え、気持ちをしまいこもうとしたのです。特定の異性に対する特別な思い(一般的には、恋愛感情と呼んでしまってよいと思いますが、本編での八幡の意向に沿って、「特別な思い」としておきます)をぶつければ、きっとこれまでの関係は壊れてしまうと考えたのです。
だから、八幡は、雪乃に対する特別な思いを(読者に対しても)ひた隠しにしてきたわけですし、雪乃も、八幡への思いをしまいこむことにしたのです。

本物の気持ち

しかし、相手に対する「特別な思い」を抱きながら、それを伝えることなく気持ちを腐らせていくとしたら、はたして、その先に、本物の関係などあるのでしょうか。
深い思いをぶつけるということは、相手に負担を強いる行為でもあります。言葉のオブラートに包まれていないむき出しの感情を受け止めるのは、簡単なことではありません。好意に喜び、思慕に戸惑い、真意を疑いながら、言葉の真価をはかり、それでも無視できずに自分なりの回答を出そうとしてもがくことになるのです。それは、相手の人生に干渉するということにほかならないでしょう。

「人との付き合い方を学ばせてやれば少しはまともになるだろう。こいつをおいてやってくれるか。彼の捻くれた孤独体質の更生が私の依頼だ」(俺ガイル①p.23)

八幡も雪乃も、他人との人づきあいを避けて生きていきました。結衣も、周りの顔色をうかがいながら生きるという形で、やはり自分から誰かの人生に干渉することはしてこなかったように思います。この物語は、そんな三人が、だれかの人生に深く関わる方法を知るという物語だったのではないでしょうか。

人間の気持ちというのは厄介なもので、言葉にしなければ決して伝わることはないのに、言葉にしてもきちんと伝わるかどうか分からないというものなのです。
それでも、だれかに特別な思いを持っていて、それを相手に伝えたいと考えるなら、どれだけの時間と手間をかけてでも伝えるほかないのです。
それはとても大変な作業です。でも、その大変さを乗り越えてでも自分の気持ちを伝えたいと思った相手がいるなら、その人とは、本物の関係が結べるはずです。だから、本物の関係を築くためには、諦めない気持ちが必要なのです。

私たちは、ふだん言語を使って思考し、行動しています。言語とは、私たちが先人から受け継いだものであり、そこに含まれる表現というのは、過去の誰かが、一度は経験したことのあるものなのです。言葉で表現するというのは、過去の誰かが使った表現を借りてくるということでもあるのです。
ですが、私たちの心の奥底から湧き出てくる感情は、本来、他の誰かのものであるはずがなく、自分一人だけのものです。その感情に対応する言葉が存在するというのは、実はおかしな話なのです。
人の感情を、わずかでも欠けることなく、かつ、少しの余分も含むことなく言いあらわそうとすれば、既存の、つまり、かりものの言葉ではない、新しい表現を使う必要があります。

誰かに、あるいは誰しもに、ずっと言われていたことだ。
きっと言葉一つあれば事足りて、それで済む話なのだと思う。
けれど、そんな簡単なことが俺は許すことができない。(俺ガイル⑬p.285)

八幡はずっと本物を探して葛藤してきましたが、ようやく見つけることができたようです。

雪乃の救済

八幡の本物探しは、最終的に、雪乃の救済へと結びついていきました。

「楽しかった。初めてだった。一緒に過ごす時間が居心地いいって思えて、嬉しかった」(俺ガイル⑬p.356)

この告白を八幡が華麗にスルーしたときは、正直どうなることかと思いましたが、終わってみれば清々しいまでの雪乃エンドでした。
自分の力でプロムを成功させるという目標も達成できたし、自分の夢を母親に伝えるということもできましたし、八幡からパートナーに選んでもらえました。文句なしの救いでしょう。

何より、一番よかったのは、八幡からの告白シーンです。
八幡らしさもよく出ているし、雪乃の可愛さも存分に感じられるし、二人のこれまでの関係性あってのシーンで、まちがいなくシリーズ一の名シーンでした。

本物と結衣

あたしの全部が、痛いくらい、好きだって悲鳴を上げてる。(俺ガイル⑬p.333)

ところで、八幡と雪乃は「本物」を手にできたかもしれませんが、結衣はどうだったのでしょうか。
物語が合同プロムに向けて動き出してからというもの、どうしても、結衣が置いてけぼりになった印象が拭えません。結衣は、「放置」されてしまったのでしょうか。

結衣の願い

結衣は、雪乃が八幡に想いを寄せていることを知っていました(俺ガイル⑫p.96-99)。
同時に、彼女は、八幡の心の中にいるのは自分ではなく雪乃だと思っています(直接的な描写はありませんが、俺ガイル⑫p.99、p.358など)。
だから、結衣が本当に八幡と恋人になりたいと望むことはありません。それは、結衣にとって何より大事な二人を、同時に傷つけることになってしまうから。雪乃への気持ちを押し殺した八幡と付き合っても、そこには本物はないから。
だから、彼女は、自分が身を引くしかないと考えるのです。(⑬巻を読み終えた後には)彼女にとっての「終わらせる」とは、八幡に告白して振られることを指しているのではないかとさえ、感じられたのです。

また、結衣は、雪乃が奉仕部の、八幡の記憶を仕舞い込もうとしていることに気がついていました(俺ガイル⑫p.359)。
それでいて、彼女は雪乃に八幡を譲ろうとするのです。雪乃と八幡の関係は、自分には手の届かない本物だと思っているから(俺ガイル⑫p.99)。雪乃が八幡との関係を紛い物として扱うのは間違いだと思っているから(俺ガイル⑬p.333)。だから、「ゆきのんのお願いは叶わないから」というのです(俺ガイル⑬p.234)。「ヒッキーとゆきのんがいるところにあたしもいたい」(俺ガイル⑭p.338)。結衣が雪乃に語った「願い」も、その思いの表れでしょう。
明らかに結衣は、ただ自分が身を引くだけでなく、雪乃と八幡がこれからも関係を続けていくよう願っているのです。

このような結衣の考えは、⑬巻6章ではっきり示されていました。
結衣の願いを叶えたいと言った雪乃に対し、結衣は、何度も念押ししながら、これから先何年も何十年も、ずっと雪乃と一緒にいたいというのです(俺ガイル⑬p.236)。
これは雪乃に対する明確なメッセージでした。「ゆきのんがどんな選択をしても、あたしはゆきのんのそばを離れないよ」「だからゆきのんは、ヒッキーのことを諦めないで」。

振り返ってみれば、結衣に身を委ねかけた雪乃を八幡が止めたあの瞬間、彼女は、雪乃に八幡を譲ろうと決めたのではないでしょうか。

「……ヒッキーならそう言うと思った」
由比ヶ浜結衣はにっこり優しく微笑んだ。その瞬間つっとしずくが頬を伝う。(俺ガイル⑪p.317)

「本物」に結衣の居場所はあったのか

ただ、ここだけは愚痴になってしまうのですが、結衣の感情はもっと丁寧にケアしてほしかったなと思います。
⑫巻以降、「負けヒロイン」になることの埋め合わせかのような結衣個別ルートがたくさん描かれていて、それはよかったと思うのですが、八幡と結衣の本気の会話が6章のあれだけでは、少し酷いではないか、というのが率直な感想です。
八幡から一方的に、どうして彼が雪乃を選ぶのかを説明されて、「だから待たなくていい」と言われるだけ。だいたい、八幡のことを待つつもりがないというのは、以前から結衣が宣言していたことです。何を今さら、という感じ。

八幡には、雪乃のことをどう思っているのかだけでなく、結衣のことをどう思っているのかを、彼なりの言葉で直接伝えてほしかったです。それがないから、八幡の「本物」には、結衣が含まれていなかったように見えてしまうのです。

彼女がそこにいてくれるだけで、この部屋に欠けていたピースがかちりと嵌まった気がした。(俺ガイル⑭p.522)

しかし、これまで奉仕部の三人を見てきた身からすると、「本物」は三人の関係にほかならないとしか思えないのです。
かりに、結衣が八幡に対する好意を持っていなかったとすれば、(その状態で、結衣が奉仕部に入ることがあったのかとか、奉仕部が長続きしたのかという問題はさておき、)八幡と雪乃が、お互いの気持ちを伝え合うのにこれほど苦労するはずがないのです。八幡も雪乃も、結衣も含めた奉仕部がかけがえのないものだと感じていながら、他方で、お互いの気持ちを明らかにしてしまえば、三人での関係は壊れてしまうだろうとおそれ、自分たちの気持ちを仕舞い込もうとしたのですから。

八幡が、結衣の優しさには感謝していたれど、結衣に特別な思いは抱いていなかっただけだ、と言われてしまえばそれまでではありますが、それなら、八幡にとっての本物に結衣はいらなくて、本物の感情をどうやって伝えるのかということだけが問題だったことになってしまいます。しかし、それでは、陽乃が散々けしかけてきた「本物はあるのかな」という疑問と対応しないんですよね。
物語としては、「三人の関係こそが本物だ」が正解だと思いますし、一応、話の流れもそれに沿っているのですが、ぎりぎりのところで整合が取れていないのです。やっぱり、終盤に三人が本気で思いをぶつけ合う場面がほしかったですね。
結局、最終盤は雪乃の可愛さでむりやりまとめた印象が強く、物語的にはまとまりに欠けたように思えてなりません。この部分だけは、どうしても残念だったなという思いが残ります。

一色いろはは諦めない

最後にいろはについても触れておきましょう。

いろはは八幡に恋をしない

いろはの役割は「水先人」であるというのがこのブログの見解なのですが、そのいろはの立ち位置は、最終盤になってもブレていません。

いろはは、八幡と雪乃の会話が告白でも痴話喧嘩でも別れ話でも「どれでもいいし、どうでもいい」といいます(俺ガイル⑬p.90)。もし、いろはが本当に八幡に想いを寄せているなら、こんな反応にはなりません。
「もしかして~ごめんなさい」をはじめ、思わせぶりな言動がたくさんあるいろはですが、この物語の中で彼女が八幡に恋愛感情を示すことはありません。⑭巻でも、八幡のことを狙っているとも取れる描写がいくつかありましたが、いろはが「ちゃんと責任とってほしい」というのは、あくまで本物がほしくなったという気持ちについてなのです。
少し見方を変えると、いろはが奉仕部の三人をアシストしてきたのは、本物が存在するという確信を彼女自身が欲していたからかもしれません。

いろはの冷静さ

わざわざめんどくさいことやって、長い時間かけて、考えて、思い詰めて、しんどくなって、じたばたして、嫌になって、嫌いになって……それでようやく諦めがつくっていうか。それで清々したーって、お別れしたいじゃないですか

もうひとつ、いろはについて触れておくとすると、存外「今」を冷静に見ているということです。

高校生が過ごす時間というのは、はじめから終わりが決まっている時間です。
1年ごとに出会いと別れがあり、それが三度繰り返されたときには自分も学校を去ることになるのです。
いろはは、八幡や結衣、雪乃、そして葉山とも、いつか別れのときがやってくるのだと、冷静に理解しています。葉山との関係が将来も続くとか、そういう空想を脇において考えることができるのです。
この冷静さと、あざとさと、ときどき垣間見える優しさが、いろはの魅力だなとつくづく感じます。

ちなみに、ここでのいろはの考えは、かつて平塚先生が八幡に語ったことそのままです。

「この時間がすべてじゃない。……でも、今しかできないこと、ここにしかないものもある。」
考えてもがき苦しみ、あがいて悩め。――そうでなくては、本物じゃない」(俺ガイル⑨p.235)


それはそうと、いろはのあだ名のセンスは壊滅的ですよね……。
書記ちゃんにしろお米ちゃんにしろ、貴重な女子友達なら、きちんと名前で呼んであげなさいよ……。そういうところが友達が少ない原因だと思うんだけど……。本人は改善する気はないんでしょうね。

おわりに

途中、マイナスのコメントも書きましたし、その意味で手放しで評価するわけにはいかないのですが、十分満足できる完結巻だったと思います。(そうはいっても、⑪巻が出てから完結するまで4年もかかったのは待たせすぎですが)

来年はアニメ3期も放送するらしいですし、小説の方も、アンソロと短編集が予定されているようです。まだしばらく俺ガイルの世界を楽しめるようなので、今後も期待したいと思います。