八十三茶屋

とりとめのない文章集

電子辞書(CASIO XD-Y6500)を使ってみた(レビュー)

電子辞書を手もとにおく必要を感じるようになったため、先日、電子辞書を購入した。

選んだのは、CASIO XD-Y6500 シャンパンゴールド。


前半でこのモデルを購入した理由、後半で使用感について書くことにする。

購入まで

家電量販店の店頭で実機を触り、操作感を確かめながら選んだ。

電子辞書の有力な製造メーカーはカシオとシャープの2社。店頭でもこの両社の製品が並んで展示されていた。
実際に触ってみると、電子辞書もだいぶこなれてきているためか、ハードや機能面では、メーカーによる差はそれほど大きな差はないと感じた。慣れや使い方次第で不問に付すことのできる、好みや便・不便の差があるくらい(たとえば、キーボードの打鍵感など。もっとも、カシオ製品の方がシャープ製品の2倍以上の電池駆動時間をもつことなんかは、なかなか無視できないかもしれない)。

結局、製品同士の差は、同じメーカーの製品同士の差も含めて、ほぼ収録コンテンツの違いに尽きる。

コンテンツについては事前に下調べを済ませており、自分の想定する用途では、「生活・教養モデル」を選ぶ必要があることが分かっていた。
中でも重視するコンテンツは日本語。
そして、実のことをいえば、日本語を重視すると、コンテンツに関してはカシオ一択であることがあらかじめ分かっていた。

いくつか理由を挙げると、
①カシオの生活教養モデル(エントリーモデルは除いておく。以下同じ)は、国語辞典が、中型1つ(広辞苑)、小型3つ(明鏡、新明解、標準国語)収録されている。しかし、シャープのものは、中型(大辞林)と小型(明鏡)の各1つずつしか収録されていない。
②シャープの生活教養モデルには広辞苑が収録されていない(権威主義を奉じるつもりはないが、とりあえず広辞苑で確認しておきたい、ということはよくある)。
古語辞典について、カシオ製は普通の古語辞典と、全訳古語辞典の両者を収録している。シャープ製は全訳のみ。全訳ではない紙の古語辞典は持っているので、紙より収録語が少なくなるのは心もとない。

日本語以外でも、カシオに軍配があがる。
④百科事典について、カシオ製はニッポニカ、ブリタニカ、マイペディアの3つを収録している(ニッポニカは執筆者名が入っている)。しかし、シャープ製はブリタニカのみ。収録語数の少ないマイペディアの有無は不問にするとしても、ニッポニカの有無の差は無視できない。
⑤カシオの生活教養モデルは、歴史大事典がもれなく入っている。しかし、シャープのものには、入っていないものがある。歴史小説、時代小説を読むことが多い身には、看過できない差。

カシオの生活教養モデルには、上位モデル(XD-Y20000)と下位モデル(XD-Y6500)とがある。
両者の違いは、主に英語を中心としており、日本語については、「精選版 日本国語大辞典」の有無(下位モデルには収録されていない)が最も大きな差となっている。ここが一番の悩みどころだったが、①2つのモデルの価格差は1万5千円程度もあったこと、②日本語研究をするわけではないので、大型辞典まではなくともよいと思われること、③「精選版 日本国語大辞典」のコンテンツカードが1万2千円で別売りされているため、どうしても必要なら後から追加できること——といった理由で、下位モデルのXD-Y6500を選ぶことにした。

XD-Y6500は本体色を選ぶことができる。シャンパンゴールド、ブラック、ホワイト、レッドの4種類。
こればかりは実機を見なければ選びがたい。
実際に見てみた印象としては、ホワイトは安っぽいプラスチック感がとても強く、レッドは比較的落ち着いた赤ではあるが、職場に持って行くにはいささか派手だと感じ、この2色はすぐさま除外。
ブラックかシャンパンゴールドかで迷ったが、シャンパンゴールドの落ち着きのある高級感が気に入ったので、シャンパンゴールドを選ぶ。iPhoneではないが、所有による満足感は大切であり、それは見た目によって大きく左右されると思う。

使ってみて

使い始めてからまだ数日しか経っていないが、はじめての電子辞書ということからくる物珍しさもあって、ことあるごとに利用している。
使い勝手もおおよそ分かってきたので、満足なところと不満なところを、それぞれ3つほど挙げてみたい。

満足なところ

①ホームからの串刺し検索

本体を開くとまず表示されるのがホーム画面。
このホーム画面からは、収録コンテンツ間を横断する串刺し検索を行うことができる(カシオの公式サイトでは「複数辞書検索」と紹介されているもの)。

この機能がとても便利。

「百科事典・歴史事典には載っているだろうけど、国語辞典に載っているかは分からない」とか、「国語辞典には載っているだろうけど、類語辞典に載っているかは分からない」といった項目を調べる際にも、どの辞典・事典で調べるかを考える必要なく、さっと検索することができる。
検索ワードを入力してゆくと、とくに検索キーを押さなくとも自動で候補が表示されるのだが、その表示速度もとても速い。

ホーム画面については、キーボード上にホーム画面へ移動するボタンが配置されてるため、アクセスが容易。新しく検索したいときは、とりあえずホームボタンを押してホーム画面に行き、検索ワードを入力すればよい、という仕組み。とても使いやすい。

②タッチパネル

購入時にはほとんど目を引かなかったタッチパネル機能だが、実際に使い始めると、キーボードによる操作と同じくらいタッチパネルを使った操作を行うようになった。

検索ワードを入力して候補が表示されて以降は、タッチパネルを使った操作が便利なことが多い。
ホームからの串刺し検索を行うと、たいていの場合、候補が複数表示される。矢印キーの上下で候補を選ぶこともあるが、場合によっては、タッチペンを使った方が便利なこともある(串刺し検索の検索候補は、辞書別にソートされて表示される。そのため、同音異義語が多い場合には、目的とする項目が分断して表示される。それらをピックアップしていくときにはピンポイントで選択できるタッチペンが便利)。
また、ある項目の解説から別項目へと「ジャンプ」するときにも、タッチ操作が便利。というのも、これをキーボードで行おうとすると、まずジャンプボタンを押して、次に矢印キーでジャンプ先を選択して、それから決定ボタンを押してジャンプする……といったように手数がかかってしまう。しかし、タッチ操作であれば、ジャンプしたい項目をタッチするだけで済む。
画面の右端にはタッチ操作専用のボタンも配置されているので、一度タッチペンで操作を始めると、再度検索ワードを入力するまでの間はタッチペンのみで操作できる。タッチ操作にも十分配慮された設計になっている。
ただ、スクロールだけは明らかにキーボードの方が使いやすい。タッチによるスクロールは、スマホタブレットのようなぬるぬるなスクールではないので、キーボード操作によるスクロールを補助するものとして用いるのが適当。

タッチパネルの性能は、普段使っているiPhoneiPadと比べると一段落ちる。ストレスにはならない程度には反応してくれるが、少し慣れが求められる。

③コンテンツ

コンテンツ量にはきわめて満足している。

私の場合、最大の需要は日本語関係の辞書にあったのだが、実際に使い始めると、ことば典だけでなく、こと典の利用機会が想像以上に多かった。
とくに、①でも触れたが、串刺し検索を利用することで辞典と事典の双方を一度に検索できるのが便利。この機能があることで、事典の使い勝手が大きく上がっていると思う。

事典のコンテンツ内容も充実している。
百科事典だけをとってみても、ニッポニカ、ブリタニカ、マイペディアの3種類があり、読み比べることができる。
他にも、専門用語事典が多数収録されている。私の場合、歴史・時代小説を読んだり、時代劇を観るときに、歴史大事典や旺文社の日本史事典を参照することが多い。
専門用語事典ともなると、わざわざメニューから選択してまで引くのは手間だし、そもそもどんな事典が収録されているのかすら把握できていないことが多い。それだけに、調べる事典の種類を考えなくとも検索できる串刺し検索のアシストが光る。

不満なところ

①スクロールバー

項目によっては解説が長く、文字サイズを小にしたとしても、一度に全文を読めないことがある。
もちろん、そうした場合にはスクロールして読むことになる。
このとき使いづらさを感じるのが、スクロールしてもスクロールバーが表示されないこと、そのために、解説文の文末まで実際にスクロールしてみなければ解説の長さが把握できないことである。
解説の長さが把握できないと、あたりを付けてから、適当に読み流す、拾い読みするといった読み方がやりづらくなる。
スクロールがスムーズにできたり、あるいは、ページ送りのような形でスクロールする機能があればまだよいのだが、そういった機能も用意されていない。
※「前見出し」「次見出し」のキーを押すことでページ送りは可能だった(2016/10/8補足)。

スクロールの動きがぎこちないことも含め、スクロール関係はまだ洗練されていない部分が多いように感じる。

②ジャンプと「戻る」

先にも少し触れたとおり、項目から項目へとジャンプする機能がある。
キーボードを使って行うときは、(a)まずジャンプボタンを押して(これによって矢印キーでジャンプ先を選択することが可能になる)、(b)次に矢印キーでジャンプ先を選択して、(c)それから決定ボタンを押してジャンプする——という手順で行う。
これに対し、タッチ操作であれば、ジャンプしたい項目をタッチするだけでよい。
ジャンプした先の項目から元の項目に戻りたいときは、キーボードもしくはディスプレイ右端の「戻る」ボタンを押し、またはタッチする。

不満なのは、この戻る操作のときに、「戻る」ボタンを押す回数である。
ジャンプ先のページが表示されている。ここで一度「戻る」ボタンを押す(またはタッチする)と元の項目に戻るのだが、それはジャンプ先が選択可能な状態に戻る。上で示した(b)の状態である。通常の状態(a)に戻るためには、さらにもう一度「戻る」必要がある。

この挙動が気持ち悪い。

キーボード操作でジャンプした際には、ジャンプする際の状態変更を遡っているのだから、よくよく考えてみれば真っ当な挙動であると理解できる。キーボード操作のときは、まだまし、といえる。
どうにもならないのが、タッチ操作でジャンプしたとき。このときは、ジャンプするときは一度画面をタッチするという1アクションでよい。それなのに、「戻る」ときは2アクション必要だ——頭がこんがらがってしまう。

この部分は、ジャンプの動作の仕様から見直さなければ解決できない問題だろうが、それにしても、どうにかならないものか、と思ってしまう。

③文字サイズ

文字サイズは大・中・小の3種類から選ぶことができる。ここに不満はない。

問題は、文字サイズの切替え。
文字サイズの切替えは、項目リストや解説が表示されているところで、キーボード上の「文字サイズ」ボタンを押して行う。ボタンの挙動は、一度ボタンを押すごとに、表示が中→大→小という順に切り替わるようになっている。
私にとって読みやすい大きさは小なのだが、初期表示は中になっているため、2回ボタンを押さなければ読みやすい大きさにならない。これが煩わしい。

ただ、文字サイズの設定は、各コンテンツ毎に保存されているようで、あるコンテンツで一度小サイズを選択しておけば、次回以降は初めから小サイズで表示されるらしい。
しかし、コンテンツを横断して標準文字サイズを設定することはできない。また、コンテンツ毎にも、実際の表示で文字サイズを変更するほかなく、文字サイズのみをあらかじめ設定することができるわけではない。

各コンテンツ毎とはいえ文字サイズの設定自体は保存できるので、大きな欠点とはいえない。
しかし、なにより不満なのは、この文字サイズに関する挙動について、マニュアルに十分な説明がなされていないところにある。
普通のユーザーなら、どこかで標準文字サイズの切替ができる(そのような設定を行う箇所がある)と考えるはずだから、そのようなことはできないこと、その代わり、「文字サイズの変更は実際の表示の場面でのみ行え、その変更は各コンテンツ毎に保存される」については、マニュアルに記載しておくべきではないかと思う。

仕様が分かってしまえば大きな不満ではなくなるのだが……。

全体評価

コンテンツについては、十分な量が収録されている。
自分の必要なコンテンツを収録しているモデルを選んでいる(それだけ余分にお金を出している)のだから、その意味では当然といえるが、購入の際には重視しなかったコンテンツもとても有用だと感じた。
電子辞書の生命線ともいえる部分なので、ここがしっかりしていることには、大きな満足を覚える。

特筆すべきは、一番頻繁に利用するホーム画面からの串刺し検索(複数辞書検索)と、豊富なコンテンツの相性のよさ。
いくつか改善して欲しい仕様もあるが致命的な欠点ではなく、全体としてみれば、この2つの特徴がよく噛み合っているため、とても使い勝手のよい製品になっている。

casio.jp

紙の辞書と電子辞書

先日、CASIOの電子辞書、XD-Y6500を購入した。私にとっては、はじめての電子辞書である。

使ってみて感じたことは次の記事(レビュー記事)に譲ることにして、今回は、紙の辞書と電子辞書にまつわる思い出をつづることにする。

レビュー記事はこちら。
midoth.hatenablog.jp

高校

私が高校生になった頃には(といっても、まだ10年も昔ではない)、電子辞書はすでに高校の英語・国語科教諭の承認も得ており、入学時には、「紙の辞書は必ず揃えること」というお達しとともに、推奨電子辞書の案内もあった。
私も家族に相談したが、親に「紙の辞書があるのに電子辞書も買わないといけないの?」と言われ、なるほどその通りだと思い、とりあえずしばらくは電子辞書なしで授業を受けることにした。

半年もすると、決して軽くはない紙辞書2冊(英和辞書と古語辞典)をカバンの中に入れて通学することにも慣れた(自転車通学だったためカバンを体で支える時間が短かったことには助けられた)。
1年生が終わる頃には紙辞書を引くことにも慣れ、予習時に引いた項目であれば、電子辞書にもおくれを取らない速さで引けるようになっていた。
実際のところ、毎日のように数十回も辞書を引いていると、先頭1字ごとに割り当てられている爪かけ(あ・い・う・え・お……、A・B・C……というあれ)を目安に、先頭2字くらいは見当を付けられるようになる。そうすると、ぱっと見開きを開けば、ほとんどの場合、そのページか前後1、2ページの中に目的の単語を見つけられる。ここまで熟練する頃には、手垢で黒ずみ始めた辞書に愛着を感じるようにもなっていた。
結局、ほとんどの生徒が電子辞書を持っていた中で、電子辞書を使う必要を感じなかった私は、紙の辞書だけで高校生活を最後まで過ごした。そんな変わり者はクラスにも2人くらいしかいなかったが。

大学

しかし、大学に入ると、「電子辞書が欲しい」と思う機会が現れ始めた。

理由はいくつかあるが、最も大きな理由は、辞書を使う場面の変化にあったのだろう。

高校生の頃は、英語にしろ、古文にしろ、教材となった文章を読みながら、単語の意味だけではなく文法や表現も学習してきた。
そこでは、目の前にある文章は、あくまで、英語や古文を理解するための一教材だった。文章読解の過程でさまざまな文法、表現、語彙を習得することが目的とされ、期待されていた。だから、目的とする項目を探す途中で必然的に前後の項目も目に入る紙の辞書は好ましいものだった。英語も古文も受験科目だったから、その学習に時間をかけることにも抵抗はなかった。
また、予習であれ、授業であれ、机の上に筆記具、教科書、ノート、場合によっては文法書を置いて行うのが常だったから、ここに紙の辞書が加わっても、環境にさしたる変化はなかった。

ところが、大学では状況はかなり変化することになった。
まず、古文の授業はなくなった。英語の授業はあるのだが、基本文法はおおよそ理解しているので、授業で扱う文章を読解する際に必要となるのは、単語の意味であったり、ある単語に固有の用法ということになる。読む文章も専門的なものが増えるため、未知の専門用語に出くわすことも多くなるが、そこでも単語の意味が必要になる。そうすると、ぱっと単語の意味を確認できる電子辞書は、とても便利なものに見えてくる。
また、知っているはずの単語だけど意味に自信がないとか、文脈から意味は推測できるけど確信は持てないといった場合にも、意味の確認さえできれば十分なのだから、紙の辞書よりもすばやく単語の意味を引ける電子辞書は便利だろう。
環境をとっても、高校生の頃とは異なり、英文のテキストと筆記具程度で読むことが多くなる。場合によっては、テキストは電子媒体であり、印刷しないで読むこともある。こんな環境では、紙の辞書を用いるのが億劫に感じることが多くなる。

そういうわけで、大学に入学した直後は電子辞書にかなり惹かれたのだが、結局、このときも電子辞書を買うことはなかった。

その理由は、一言でいうなら、私の専攻が語学ではなかったため、ということになろうか。
つまり、英語の授業は、週1コマか2コマくらいしかなかったから、電子辞書がないので不便だとしても、耐えられない不便はなかった(第二外国語のドイツ語では、初学者ということもあって高校の頃の英語と同じように勉強していたから、紙の辞書でまったく支障はなかった)。
また、語学が必修とされていたのは学部2年生までで、3年生以降は語学の授業そのものを取らなくなった。専攻分野に関して文献を読むこともあったが、私の専攻の分野では、学部生レベルでは外国語の文献を読む機会がほとんどなかった(その分野の中でも、一部の小分野では英語文献を読むことが求められるが、私の専攻の小分野はそうではなかった)。

アルバイトで英語を教えることもあったのだが、基本的に中学生が相手だっため辞書が必要になることはほとんどなかった。かりに辞書が必要になるとしても、準備段階で1、2項目調べれば済んだので、ここでも、電子辞書に頼るきっかけはなかった。

現在

しかし、大学を卒業した今になって、とうとう電子辞書の購入に踏み切ることになる。

きっかけは、英語ではなく、日本語だった。

というのも、私が働いている(まだ見習い中の身なので、正確には「私が働くことになる」なのだが)業界では、特定の種類の文書ではあるが、ある程度まとまった量の文章を書くことが求められるのである。
その文書は、よほどの例外でもない限り日本語で書かれることになっている。文書の出来は、仕事の評価にも直結する。求められる文章は伝えるための文章であり、それを書くためには単語の運用ひとつひとつに気を払う必要がある。
必然、国語辞書や類語辞典を引く機会も増えることになる。
そして、仕事に際して辞書を引くとなると、その回数・頻度も結構なものになり、電子辞書が欲しいと感じるようになる。

実は、最初は紙の辞書で必要なものをそろえることを考えた。
しかし、複数冊必要になるのははっきりしていたため、そろえる費用や持ち運ぶ手間を考えると、明らかに電子辞書に軍配があがらざるをえなかった。

こうして、私は、はじめての電子辞書を手にすることになったのである。


次の記事へ続く。
midoth.hatenablog.jp

雪ノ下雪乃の依頼 - 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。11』感想(その3・完)

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。11』の感想・その3です。


ついに雪ノ下雪乃の認識は暴かれ,再現前される - 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。11』&アニメ2期12・13話感想 - In the Midst of Thinking

由比ヶ浜結衣のモノローグ - 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。11』感想(その2) - In the Midst of Thinking


読み返してみると,感想・その2が感想らしくなかったので,少し反省しています。
今回は,少しは感想らしくしたいけれど……。


以下,原作11巻(およびアニメ2期最終話)までのネタバレを含みます。ご注意ください。

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由比ヶ浜結衣のモノローグ - 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。11』感想(その2)

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。11』の感想・その2です。

その1とその3はこちらになります(その1を書いてからだいぶ経ってしまいましたが,許してください)。
ついに雪ノ下雪乃の認識は暴かれ,再現前される - 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。11』&アニメ2期12・13話感想 - In the Midst of Thinking

雪ノ下雪乃の依頼 - 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。11』感想(その3・完) - In the Midst of Thinking


やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。11 (ガガガ文庫)

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。11 (ガガガ文庫)


以下,原作11巻(およびアニメ2期最終話)までのネタバレを含みます。ご注意ください。

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ついに雪ノ下雪乃の認識は暴かれ,再現前される - 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。11』&アニメ2期12・13話感想

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物語も佳境を迎えた『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。11』の感想(その1)です。


今回は,あまり時間がとれないので,とりあえずおおざっぱな感想(とくに雪乃に絞って書きます)になります。

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。11 (ガガガ文庫)

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。11 (ガガガ文庫)


また,今回の感想記事は,アニメ2期12・13話の感想も兼ねています。
なお,アニメ2期全体のかるい感想は,別の記事に書いています。よろしければ,こちらもどうぞ。midoth.hatenablog.jp


以下,原作11巻までとアニメ2期12・13話のネタバレを含みます。
これから読む・観る予定の方はご注意ください。

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アニメ『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続』感想

アニメ『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続』(2期)全13話放送終了ということで,感想を記しておこうと思います。



原作11巻に相当する12・13話のストーリーに関する感想は,11巻の感想として,あらためて別の記事に書きたいと思います。
今回はアニメ全体の感想を簡単にまとめます。

なお,ストーリーの核心には触れない程度にアニメのネタバレを含みます。また,原作11巻のネタバレはありません。

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こうして一色いろはは再定位される − 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。10.5』感想

通算13冊目,ナンバリングは10.5,アニメ2期の放送も始まった『俺ガイル』の10.5巻です。



以下,ネタバレを含む感想です。

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